マグダラで眠れ 2

かくて物語の始まりの鐘は鳴り響き、舞台は新天地へと移るのであった。

マグダラで眠れII (電撃文庫)
アスキー・メディアワークス
2012-10-10
支倉凍砂

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「すべては自分の目的と照らして天秤にかけるなにかでしかない。そして、自分とはその天秤そのもののことだ。お前の天秤はどこにある?それはどんな形をしていて、なにを皿に載せて測っている?俺にはまったく」
「その天秤が見えない」

「お前の本当に望むことは、こんなことじゃないはずだ」



1巻でも感じたモノだが「物語の始まりの鐘の音」を幻視・・・というか幻聴した?
いや、これは日本語として変・・・だよな?
「幻視した」とは言うと思うんだが・・・・あれ、言わないのか?
まぁ、ともあれ、そんなモノを聞いた気になる終わり方でした。
エンディングムービーとか、もしくはオープニングムービー的な?そういうのがここで流れるんだろ?的な、
メインの登場人物が出揃い、物語はここから本格的に始まるよ?的な、そんなお話だと感じました。

とはいえ、基本、既に3人は1巻で十分に描写されており、この2巻は残りの1人。
若き鍛冶師組合組合長代理であるイリーネの物語であり、そしてフェネシスが己のマグダラの輪郭を掴むお話であります。

人は如何にして生き、そして死ぬべきなのか。
などと言うと大仰であり、そして独善でもあるように感じますが、まぁ概ねそんな感じかと。
それはあくまで価値観の一つに過ぎず、正しさを論じるべきものではない、とも断っておきましょうか。

生と死が表裏一体であるのならば、「今」よりもよほど「死」が身近にあった世界では「生」もまた、その輪郭がはっきりとしたものだったのか?
なればこそ自らの「それ」に価値と意味を求め、それに対して純粋で真摯で正直である事こそが美徳であり・・・・・なんて考え方はまぁしませんね。
「それ」は己の中にしかないがゆえに誰もが孤独であり、ゆえに同じ覚悟と共に、違う「それ」を求めるものに共感・同属意識、仲間的な感情の一種を抱くのもまた、作中でクースラが思うように「人は自分の興味のあるものに理解を示されるととたんに甘くなる」というそれの一種なのかなとも思わないでもない。
つまり人は本質的に独りではいられない生き物なのか。


お姫様を護る為の必要なのは単純明快な「力」一つ。
そんな時代は最早「この世界」においても過ぎ去っているように自分には見える。
つまりクースラの「オリハルコンの剣」とはあくまで象徴的な存在に過ぎず、彼が最後に見出す「それ」は人と人との繋がり、すなわち「人脈」なのではないかとか、ちょっとだけ思ってみたり。
それを為す上できっとフェネシスの在り方は相棒として申し分ないものなのだと思うのだけれど。



まぁ堅いお話はこの辺で。
とりあえずフェネシスさんマジラブリー。
素直で小動物チックでめっさ可愛ええですがなッ!
表情豊かでオドオド、ビクビク。
噛み付いてきたり、泣きそうになったり。
おもわず苛めたくなっちゃう気持ちが良くわかります。
カラーの町娘衣装でふくれるフェネたんマジ可愛い!

そしてイリーネさん、クースラに押し倒されてる挿絵の表情がめっさ発情してるように見えるんですけど!?
エロい!エロ過ぎる!
さすが人妻!
さすが未亡人!


そんなわけで物語そのものも面白いけれどキャラ単体でも非常に魅力的な作品であり、さすが「狼と香辛料」の支倉凍砂と言わざるを得ないですね。
次巻にも期待、大です。


1巻の感想はこちら
http://otakouta.at.webry.info/201208/article_13.html

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