ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンII

このシリーズもまた次代の電撃の主柱足りうる作品ですね。

ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンII (電撃文庫)
アスキー・メディアワークス
2012-11-09
宇野 朴人

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミンII (電撃文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


「――君とは二度、会った」
「僕は、三度目を、楽しみにしていたんだ――」
「――・・・・・・っ・・・・。・・・・・さようなら、カンナ」


伝え聞くところによると「このライトノベルが凄い」でこのシリーズは堂々13位にランクインしているとかいないとか。
さすがに1巻が出た時点でそこまでの人気を博すというのはさすがに予想外もいいところで世にもっと熱のある作品はあるだろうなんて考えてしまうわけですが、まぁこの辺は好みの問題なのでしょう。

別に自分もこの作品自体は嫌っていませんし、むしろ好きな部類ですらあるわけですし。
まぁお姫様だけちょっと成長してくれないとしんどいかな、っと思うわけですが。
というかこのお姫様に付いて、このお姫様の描く未来をイクタが共に歩むのは勘弁ってだけの話なだけであって。


無能で勤勉なものほど扱いに困るものはいない

お姫様を見るとどうにもそんな言葉が浮かんでしまう。
いやまぁ別に無能じゃないんでしょうけどね。
彼女は確かに純粋で正義を持ち間違いを正すために自ら行動を起こす、覚悟をもって。
それ自体はとても立派だ。

しかし、一方で頑迷で未熟で無知でもあるのだ。
傅かれ、敬われ、守られ。
あらゆる物を与えられる皇族という立場にある彼女が現実を知らずに描く手法に、いったいどれほどの正当性があろうか。
いや、正当性などというのは大げさに過ぎるにしても、彼女の「それ」がいかに愚直で、そしてモノが見えていないか。

確かにこの国の現状は色々な意味で問題があるのだろう。
今回の中将の「それ」などその最たるものだ。
中将にそれを許している「体制」もそうであるが、彼を諌める立場にあり、実際に数多の苦言を呈してきたと思われる少将がそれを看過しているというのが、今回唯一と言ってよい「良心派」であった現場司令官であるところの中尉をしてすら「仕方ない」と消極的な容認をしていたことが、ある意味でこの国の病巣を最も端的に表していたのかもしれない。
その病巣を駆除する為には劇薬が必要なのかもしれない。

しかし、それでも、彼女が導き出した解は、彼女が描く手法は、容認しがたい。
彼女が一人でそれを為すというのであればそれもありなのだとは思う。
でも彼女はその実行犯として、共犯として、イクタの存在を求めた。

戦争を、敗北というものを知らぬ彼女が劇薬として「それ」を持ち出し、そして「それ」を実際に扱う人間としてイクタという実行犯すらをも求めた。

それは自らの力のなさを理由に自らの手を汚す事すらしない卑怯な振る舞い・・・・・に見えなくもない。
というかそもそも力の無さを理由に他者を求めるのなら、そもそもの手法から見直すことをしても良いのではないかと思ってしまうわけで。
自分ひとりで導き出した「それ」に拘泥する価値などないはずなのだ。

それを思えばこそ、1巻で提示された「それ」にこの物語の行き着く先へ幾許かの不安を感じてしまった事は否めない。

であればこそ、今回の「戦争」は必然であったのかもしれない。
戦争の現実を、敵だけでなく味方も失いゆくものだと、昨日まで仲良く話をしていたものが死んでいく、もう二度と話す事叶わぬ死という断絶。
それをあっけなく、容赦なく、そして見境なく、大量に生むものこそが戦争である。

それを、このまだ多くのことを知らぬ少女に突きつけるのが今回の一番のポイントなのだと、そう思ったわけですね。

でも姫様戦場にいねーじゃん!
あるぇー?
いやま、皇族という立場上それが難しいとは思うのですけれどね。


「覚悟がないのは余ではない。そなたの方だ!」

トルウェイを、そしてヤトリを敵に回す覚悟の有無というのが語られましたが彼女はイクタの真意をまだ理解していませんよね。
イクタという少年の在り方を、「科学」という学問の理念を、真実理解すれば「敵に回す覚悟」なんてのはただの自己満足だと自分は思ってしまいます。

「敵に回ってしまえば厄介極まりない存在」
そんなもの、味方の内に排除するべきだ。
敵にわざわざ回すほうが馬鹿げている。

「味方であるうちは頼もしい」
ならばわざわざ敵に回すような事はしない事だ。
有能な味方を敵に回さねばならないその方針こそを転換させるべきだ、と。

つまり彼女のその提示する道そのものへの拒絶

イクタが言外に語るのはそういう事だと自分は思うのですけれどね。

「きさまの面子が潰れるのはどのような場合なのだ」
「――言いたい時に言うべきことを全部言えず、守りたい時に守るべきものをきちんと守りきれなかった。そんな場合じゃないかな」


この「面子」という言葉。
たびたび2巻でイクタは口にしています。
「そんな事で潰れる面子は持ち合わせていない」と。
それが何気に象徴的であったように思います。
姫様が持つ自ら為さねばならぬという覚悟。
それは果たして本当に得るべき結果において必要な覚悟なのか。
「皇族であるという面子」がそこに一欠片たりとて関わってはいないと言えるのか。
「自身が見つけたたった一つの解」こそが唯一の解であるなどという思考に支配されていないか。
それこそが無価値な面子なのではないか。

彼女が成長し、彼女の「騎士団」と共に見つける新たなる道にこそ期待をしたいものですが、物語は一体どういった方向に進んでいくのか。


「自分の臆病さを直視して、それを何とかしたいと思っている。その時点で君はじゅうぶんに冷静だよマシュー。――心配はいらない。君の震えは、戦いの始まりと共に止まる」

意外・・・などというと失礼かもしれませんがマシューを誰よりも評価しているのはイクタなのかもしれない、なんて事をちょっとだけ思いますね。
彼は常日頃からマシューを「親友」と呼びちょっかいをかけているわけで、それはある意味でヤトリやトルウェイたちとは違うイクタにとってのオンリーワンな存在なわけでして。
彼はいつでもマシューをからかい弄んでいるようでいて、しかし、マシューが真剣になった時には驚くほど真摯に向き合っているというか、教え諭し導くようでいてその実、最も彼を認めているような言動を繰り返しているように見えるんですね。

まぁ僕自身が、自らの不足を知り、自らを軽々と越える高みにいる存在を認め、羨望し、それでも自らもその高みへと昇る事を諦めず努力を続けるマシューの在り方にひどく惹かれてしまっているという贔屓目もあるのかもしれませんが。


「あなたは最高の上官です。その事実に、心からの感謝を」

姫様にこそ、この上官の姿を見せたいと思いましたね。
彼女が彼のことを、彼のやり方を、どのように評価するのか、どう感じるのか。


主人公であるイクタも軍人としての資質とは別の、個人としての魂の在り方で魅力が増し、苛烈極まる戦場を描く事で戦記モノとしての本分を存分に発揮し、そしてこの最後の凶悪な引き。
いよいよもって、スロットルは全開というか、物語はその面白さを加速させ、煌きは放ち、「フェアリーロリポップス&スクリューマン」同様に電撃の次代の主柱を担う作品としてのポテンシャルを見せ付けてくれたかな、と思います。
続きが楽しみですねー。

個人的には次こそ撤退戦のどさくさで姫様が巻き込まれて戦争の現実ってものを理解して欲しいかな、と思いますが、どうなることやら。
姫様次第で自分の評価は180度変わりそうなので良いほうに進む事を期待しますが・・・・。


1巻の感想はコチラ
http://otakouta.at.webry.info/201207/article_9.html

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック